仮想通貨

仮想通貨の考察

仮想通貨のリスクを歴史から振り返ってみる〜バブルなのか?

皆さんは「仮想通貨」という言葉を知っていますか?知っている人、知らない人、中には実際に取引をなさっている方もいるかもしれません。下手をすると僕よりも凄く取引をし、儲けを出し、それで生活をしているという人もいるかもしれません。

仮想通貨に保証はない

ただ、ここで気をつけたいのは仮想通貨のCMの最後の最後で注意事項として書いてあるようにFX取引、商品先物取引などのように何らかの保証があるとか、取引所があるとか、現金化できる取引所がどこにあり、どの時間で取引を出来るのかについての裏付けがありません。

これは恐ろしい事です。

実際問題として去年に大暴落した時も、逃げるに逃げられない、ポジションの投げ売りがしたいのに先に売られてどんどん値段は下がっていくなんて事が実際にあるのです。

つまり、今の世界における信用取引の極限なんです。

儲かった人は儲かったでしょうが、大きな人が多かれ少なかれ大損をしたでしょう。

20世紀後半のバブルと似ている

これは20世紀後半にあったバブルと似ています。1988年とその翌年辺りはもうバブルの絶頂期でした。買いが買いを生み、「売る事なんてもっと儲かるんだから考えなくていい」という時代でした。

その時も89年の年末から外資系を中心に今まで買いにしていた高騰したあらゆるものを徐々に売りに出し、利益確定の売り注文を出したのです。

それも一気にではなく、ゆっくりとしかし少しずつ確実に売りを出したのです。

もしここで一気に売りに走ってしまえば日本の国民や関連する投資を行っている会社が邪魔をかけてくる可能性がありました。その事を知っているからこそそういう方法を取ったのです。

僕が仮想通貨の概念を完全に理解した時、正直な感想は「これはマズい。いつかは特定できないがそう遠くない未来に大暴落が起こってしまう。日本人はバブルが崩壊して財産を大きく失ったのにまだ懲りていないのか」と思いました。

仮想通貨の歴史からみるバブル性

仮想通貨は信用取引の極大点と最初に僕は言いましたが、これは歴史を見渡せば明らかなんです。

まず江戸時代中期に老中に田沼意次が米の先物取引所を作りました。米は供給量が一定しないため、馬鹿みたいにその当時は米の値段が上がり、猛烈な批判が出ました。その後、松平定信が老中となったら一転に値段が下がりまくりました。この時も一種のバブルが起こっていたのです。

そこで、明治からは価値の一定な金と交換可能な兌換紙幣で経済を安定させました。取引所も出始めて、お札は紙切れではなくゴールドとの交換ができる兌換紙幣の下、経済は安定していったのです(金は「カネ」ではなく「きん」の為、ゴールドと書きます。決して文字稼ぎではありませんので気を付けてください)。

その後、大正時代が終わり世界恐慌が起こると途端に兌換紙幣では上手くいかなくなりました。

そこで「管理通貨制度」が導入されました。これは国家の信用のもとに不換紙幣を発行するものでした。これはゴールドと交換できないため、紙切れになる可能性がありました。したがって、仮想通貨の元祖と言っていいのがこの管理通貨制度に裏打ちされた不換紙幣だったのです。

事実、戦争に負けるとますます日本円に価値がなくなり、米ドルに人気が集まりました。当時米ドルは兌換紙幣だったからです。

しかし、その米ドルも今や変動相場制となり、一応アメリカという国家信用があってこそ、ある程度以下の動きですんでいます。

この様に取引所などによって安定していたものを、今度は社会や人が信用する時代となったのです。だからこそ、ここまで仮想通貨ショックが起こったのです。